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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2807号 判決

控訴人 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 高芝利徳

同 高芝利仁

被控訴人 乙山春子

右訴訟代理人弁護士 泉博

主文

原判決主文第一項を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、別紙目録記載の建物につき、持分三分の一の所有権移転登記手続をせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

控訴人のその余の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一・二審を通じこれを五分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のとおり付加する外は、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(控訴人の主張)

(一) 本件建物は従前の甲野太郎名義であった平家建の建物を取りこわして、昭和四三年秋ころから同年末にかけ、控訴人が二七三万一四三七円を支出して、T工務店に請負わせ、新しく建築したもので、控訴人の所有なるところ、従前の建物の滅失の届出をしていなかったため、本件建物はその後も課税台帳上、従前の平家建についての「二階の増築」として処理され、甲野太郎名義のまま従前の建物(二階の増築)に対する課税がなされてきたが、従前の建物の滅失の届出をした後は、真実の所有者たる控訴人名義に課税台帳も訂正され、現在にいたっている。

(二) 控訴人は甲野太郎の葬儀費用として二二〇万二五一三円、法要費として五四万三〇〇〇円を支出したが、これは甲野太郎の相続財産から控除されるべきであり、仮にそうでないとしても、その相続人である控訴人及び被控訴人がその相続分に応じて負担すべきものである。

(証拠関係)《省略》

理由

一、控訴人の夫甲野太郎が昭和四六年一一月二八日交通事故によって死亡し、控訴人が同四七年四月二四日ころ、損害保険金五〇〇万八四五〇円を日動火災保険株式会社から受領したこと、控訴人が本件建物につき昭和四七年四月六日付の同人名義の所有権保存登記をしたことは、当事者間に争いがない。

二、《証拠省略》によると、被控訴人は甲野太郎とその妻である控訴人の間の長女であることが認められ(る。)《証拠判断省略》

そうすると、被控訴人は甲野太郎の唯一人の子として、その遺産につき三分の二、控訴人はその妻として三分の一の法定相続分を有することになる。

三、《証拠省略》によると、本件建物は甲野太郎名義で昭和二七、八年ころ建てられた平家建の建物を取りこわし、そのあとに昭和四三年秋ころから同年一二月にかけ、T工務店に請負わせ新しく建築したものであることが認められるところ、被控訴人は右建物は甲野太郎が建てた同人所有の建物であると主張し、控訴人は同人が資金全部を出して建築したものであると抗争する。

そこで案ずるに、本件建物について控訴人名義の保存登記が経由されていることは当事者間に争いがないところ、右登記は甲野太郎の死亡後控訴人が昭和四七年四月六日付でしたものであるから、控訴人名義の保存登記があるからといって、本件建物が控訴人の所有であることの証左とはならない。一方《証拠省略》によれば、本件建物の昭和四六年度までの固定資産税は、甲野太郎名義で納付されていることが認められるが、これは従前の甲野太郎名義の建物の滅失の届出がなされていなかったため、甲野太郎の死亡後も、課税台帳上従前の建物に対する課税として、甲野太郎名義で処理されていたものであることが、《証拠省略》により認められるので、右事実は本件建物の所有権が甲野太郎の所有であることの証左とはならない。

四、《証拠省略》をあわせると、甲野太郎は手持資金一〇〇万円の外、昭和四三年六月一日勤務先の○○○○○○株式会社から五〇万円を借用し、これを資金として従前の平家建の建物を増改築することとしたこと、右五〇万円は甲野太郎がその後割賦弁済したこと、ところが増改築の予定で始めた工事は、その後建物全部を建て直し新築することとなったため、建築資金は約二七〇万円に増額され、これに諸費用を加えると全部で約三〇〇万円となったこと、控訴人は当時競輪場に勤務するなどして労働金庫に約一〇〇万円を預けていた外、若干の預貯金があったから、右建築資金約三〇〇万円中その半額を自ら支出したことが認められ、前掲証拠中右認定と異なる部分は借信せず、他に右認定を左右する証拠はないので、本件建物は控訴人と甲野太郎の共有であり、その持分の割合はその支出した建築資金の割合により、各二分の一と認めるのが相当である。

そうすると、甲野太郎の右持分は同人の死亡によって、被控訴人が三分の二、控訴人が三分の一の割合で相続し、その結果被控訴人の建物全体に対する持分の割合は三分の一(1/2×2/3)となるから、本件建物につきその全部が控訴人の所有であるとして、所有権保存登記をした控訴人は被控訴人に対し、被控訴人の右持分三分の一につき所有権移転登記手続をなすべき義務がある。

五、控訴人は同人が日動火災保険株式会社より受領した損害保険金五〇〇万八四五〇円のうち、三分の二に当る三三三万八九六六円(円未満切捨)を被控訴人に交付すべきところ、控訴人はこれに対し相殺の主張をするので検討する。

(1)  葬儀費用等につき。《証拠省略》によると、控訴人は(イ)甲野太郎の葬儀費用として五〇万円を下らない金員を、(ロ)墓所購入費などとして五〇万円を下らない金員をそれぞれ支出したことが認められるところ、右(イ)は甲野太郎の地位、身分等にかんがみ、葬儀費用として相当と認められるが、(ロ)の費用は必ずしも甲野太郎の葬祭のみに関するものではなく、自己ら(控訴人は現在丙川三郎と同棲中である)及びその子孫の分をも含み、甲野太郎の分を分別していないことが弁論の全趣旨により認められるので、(ロ)の費用は甲野太郎の葬祭に関する費用ということはできない。

そうすると、控訴人が甲野太郎の葬儀費用として支出した相当額は五〇万円と認められるが、《証拠省略》によると、控訴人は喪主として甲野太郎の葬儀を主宰し(従って葬儀費用は喪主である控訴人が負担することになる)、しかも控訴人は甲野太郎の死亡したことにより、勤務先から給料一ヶ月分相当の葬祭料の外交通事故の加害者から賠償金として五〇万円(この中には葬祭料にあてることも考慮されている)、それにかなりの弔慰金を受領したことが認められ、その合計額は右葬儀費用を優にまかないえたものと推認されるので、控訴人のこの点に関する主張は採用しない。

なお被控訴人は甲野太郎の死亡によって保険金の給付を受けているが、これは特別受益として持戻しの対象となりえても、そのため葬儀費用を支弁しなければならない理由となるものではない。

(2)  控訴人は甲野太郎が控訴人の簡易保険金六五万円ないし定期積立金約六〇万円を無断で解約受領したと主張するが、右事実を認めるに足りる的確な証拠はない。また控訴人は甲野太郎の法要のため五四万三〇〇〇円を支出したと主張し、《証拠省略》中には右に副う部分があるが、控訴人は現在丙川三郎と同棲して被控訴人と疎遠となり、しかも自ら主宰して法要を営んだものであるから、その費用の一部を被控訴人に支弁させることはできないものと認められる。

(3)  《証拠省略》によると、控訴人は日動火災保険株式会社から受領した保険金の中から一〇〇万円を甲野太郎の父母に贈与し、また平和生命保険株式会社に対する保険金の掛金一三万五二八〇円を立替えて支払ったことが認められる。右一〇〇万円の贈与は、被控訴人の意思に反するものではないから、被控訴人においてもその半額を負担するのが相当であり、また被控訴人は右保険金の受取人としてその全額を受領しているのであるから、右立替金相当額はこれを控訴人に返還すべき義務がある。

六、そうすると、控訴人は被控訴人に対し右合計六三万五二八〇円の反対債権を有するから、控訴人の相殺の主張は右の限度で正当であり、従って控訴人は被控訴人に対して、前記三三三万八九六六円から右六三万五二八〇円を控除した二七〇万三六八六円と、これに対する本訴状送達の日の翌日であることの記録上明らかな昭和四七年八月二九日から完済まで、年五分の遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって控訴人の本件控訴は一部理由があるから、原判決を右の限度で変更(但し控訴人のみ控訴した本件においては、原判決主文第二項を控訴人の不利益に変更することはできない。)し、その余の控訴人の控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺一雄 裁判官 田畑常彦 丹野益男)

〈以下省略〉

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